帰省まで

母の病名が分かった日、部屋の電気を付けたあと、大声で泣いた。ただ声をあげて泣くだけじゃつまらないから、何か言葉を言いながら泣こうと思って、じゃあ私はなんて言って泣くんだろうと思ったら、
「いやだ」
「こわいよう」
って出てきて、ああ、母が病気なのはいやだし、こわいよなあ、って落ち着いていった。泣くだけじゃなくて、言葉にするの大事だな、って思った。


漫画の新刊を買ってきていたので読んだ。すぐ読み終わってしまって、どうしようかと思った。午前0時まで、母のことではない何かで頭を埋めておかないといけない、と真剣だった。


なぜか午前0時までかというと、彼氏に、来てくれるように頼んでいたからだ。1人でいるのが辛かった。彼氏がいたところでなにも好転しないのは重々承知だったけれど、ここは甘えさせてもらおうと思った。彼氏のバイトが終わるのが午前0時。そのあと移動で30分。そこまで乗り切ればなんとかなる。


父から電話があった。母は、父に、病名を伝えていなかった。父は、
「なんかお母さんはもう寝てしもうたみたいで、疲れたから寝ますっていうメモとなんかの検査の結果みたいな書類が机に置いてあった」
と言った。


私が病名を告げて、入院や手術の日程を伝えると、
「そうかー。いや、そんな気はしとったんよなあ。あれやろ、おばあちゃんもそうやったやろ」
とちょっと甲高くて細い声になって、あとはもごもごと書類になんとかって書いてある、ふうむ、とか言うので、それを遮って、今後の私の予定の話をした。


とりあえず実家に帰ろうと思っている。仕事はちょうど10月末で契約が切れるし、調整すれば休みももらえると思う。問題はいつ帰るかだが、どうするか? と相談すると、
「月曜日に会社に行って、火曜日に帰ってくれば、水曜日の入院に間に合うから、それがいいだろう。明日帰ってきてもすることないし」
という話になり、すんなり私の予定は決まった。


まだ、書類を見ながらの父がもごもごと何か言うのだけれど、私の手元にはその書類がないのでさっぱり要領を得ない。もう切るよ、というが、なんだかもごもご言うので、相槌を打って、ふたたびのもう切るよ、というループが何度かあった。今思えば、父も1人で書類を見る気分じゃなかったんだろうな。もうちょっと付き合ってあげればよかった。


とりあえず、父との電話を終えて、本を読もうとするがうまくいかず、ツイッターにくだらないことを書きこんで、彼氏が来るのを待った。彼氏が来て、もちろん泣いたんだけれど、1人で泣くより、ぜんぜんましだった。


明けて土曜日の午前中、母から電話があった。明るい声だった。あんまり内容を覚えていない。たしか、父の悪口とか母の自画自賛みたいな内容だった。病気の話は、まあ帰ってきてからな、と言って、やっぱりしなかった。病気の話をしたくないんだろうと思ったので、無理に聞かなかった。


そういえば、いまだに母から病気の話、ほとんど聞いていない。よっぽど言うのがいやなんだな。なんとなくわかるような気がする。言いたくなるまで待とうと思う。


話は戻るが、電話の最後は、唐突だった。私が、ちょっと涙声になっていて、
「なにがなにかわからんのが一番いやや」
みたいなことを言ったんだったと思う。そしたら、
「あかん、切るな!」
ってガチャ切りされた。母は、私の前で泣くのも嫌なんだな、と思った。母の声を聞いて、すっきりした。なにもかも、実家に帰って、病院に行って、医者の話を聞いてからだ、とわかったからだ。


彼氏に頼んで、土曜日と日曜日も一緒に過ごしてもらった。土曜日の午後はニトリで彼氏のコタツを買い、日曜日は県立美術館にロボット展を見に行って、荷造りをした。脈絡なく私が泣くので叱られた。彼氏がいてよかったと思った。